PCJ研究会(生物医学研究所)青木皐
とにかく行ってみよう!
アメリカのPC0関連を覗いて何かを学びたいという意見が、数年前からPCJ研究会の中でくすぶっていました。反対に、今更アメリカのPC0から学ぶことは無いんじゃないの?という意見もありました。どちらの意見も満足させるには「行く」しかありません。そこで「とにかく行ってみよう!」と「PCJ米国視察研修旅行」を2008年9月22日から27日の4泊6日で行くことになりました。
PCJ研究会というのは、生物医学研究所が主宰する勉強会で、BM、PCO、TC0業者の集まりです。この研究会の基本的な考え方は、BM、PC0、TCOとお客様に提供する商品は違っていても、その根底に「高い良質の環境品質マネジメント」を提供することです。我々がお客様に提供するのは「業務」ではなく、業務提供の結果「高品質の環境」を作りこれを提供することであるという考え方です。そこに不可欠なのが「根拠:エピデンス」です。エピデンスをきちんと掴むことがビジネス化の第一歩だと考え、今回のアメリカ視察研修も新しいエビデンスの発見、あるいは今持っているエビデンスの確認に役立つのではないかと考えました。
研究会としてアメリカ視察は1993年についで2回目です。以前の視察旅行は鵬図商事さんにお願いし、大満足でしたので今回もPCJ研究会の意向を採り入れて頂き、大学や企業とのスケジュール調整、現地での通訳など含めて、鵬図商事、芝生会長にすっかりお世話になることとしました。厚くお礼申しあげます。
UCリバーサイド校
初日に訪問したのはUCリバーサイド校昆虫学部です。講義を受けた教室前のホールには、誰が見ても「昆虫学」のセクションだと分かるディスプレイが、写真だけでなく実際の昆虫飼育ケースなどがおかれていました。昆虫飼育の世話は学生がしているとのことです。学部長先生や多くの先生方が参加下さり、Dr.Michael K Rust先生からアルゼンチンアリについて講義を受けました。このたびの視察研修講義はすべてパワーポイントによるスライドです。表記はもちろんすべて「英語」ですが、訪問する先生や企業の方の講義に使用して頂くパワーポイント資料を事前に頂き、すべて鵬図商事のスタッフのお力で、先に「和訳」して頂きました。全部で200頁以上の資料をUSBメモリーにしてPCJ会員に事前配布することができました。会員は予習ができ、当日は先生の投影される英文スライドの日本語版を手元に置いて講義を受けることができたことが、今回の研修の大きな力になりました。
日本でのアルゼンチンアリ被害は限定されていますが、アメリカでは相当ひどいことになっています。その防除先の殆どは一般家庭です。まだ日本のPC0は一般家庭のアルゼンチンアリ防除業務はあまり事例が無く、今後おそらく日本でも同様のコントロールが必要になるだろうと感じさせられました。講義内容は生態、習性、具体的な薬剤処理方法、今後の問題点などです。そのあと、他の先生方の教室を見学させていただきました。カンザイシロアリ、ゴキブリ、アルゼンチンアリと、それぞれの先生がテーマを持って実験研究しておられます。その実験目的について説明を受けますと、すべてに共通していることは、「防除」です。言い換えればPC0のために研究してくださっているようなものです。ともすれば、今の日本の大学関連の昆虫関連研究は、遺伝子や分類からの研究が多く見られ、少し前の「防除の基礎と応用」研究は残念ながらあまり見受けられません。ところがここUCリバーサイド校の都市昆虫学の教室では、PCOにとって不可欠なベーシックな研究をされています。この差はどこからくるのか?アメリカの大学は多くの寄付によって成り立っていると学部長が説明しておられましたが、アメリカのPC0協会は多くの寄付をしているのでしょうか?
決して先端の設備や装置ではなく、地道な実験・研究で得られたデータや結論はPCOビジネスのエビデンスになっていることを感じました。大げさにいうと、アメリカのペストコントロールは今もアカデミックなエビデンスがサポートしているから、利用者も安心し、産業として大きく育っているのではないかと感じました。
Lloyd Pest Control社訪問
今回アメリカ視察研修旅行に参加したPCJメンバーは会員11名、それに私と芝生会長の計13名でした。大学訪問と同じようにPC0同業者は大変興味のある視察先です。ロイド社は1931年創業の歴史のある企業で現在は2000年に引き継いだ3代目のJamie Ogle社長が250名の社員を引っ張っています。会社の中を見せていただくと、それぞれの部屋の扉はすべてイラストで害虫がユーモラスに表現されています。通路にも大きなイラストで害虫が表現され、日本の会社ではお目にかかれないユニークなオフィスに驚かされました。
同社の研修室で、社長が直々に会社の経歴や経営方針について詳しく説明してくださいましたが、初代の頃、22口径のピストルでネズミを駆除したという話は「アメリカらしい! 」と思わず声を上げました。同社の大きな特徴として、会社内に「大学」を持っていることです。研究者が業務の品質管理:QCの役割を担っています。QCは昆虫など生物部門だけでなくIT部門、集約コールセンター部門も常にQC活動をしているそうです。その結果「我が社でコントロールできなければお金はいりません」という気持ちで社員が仕事に取り組めるとのことです。その社員採用はどのような基準で決定しているのか?という質問には「人間性」ですとの答えでした。アメリカの人事採用は大変制限があります。例えば、写真付き履歴書を先にお送り下さい、などは絶対できないそうです。写真により人種が事前に分かりこれが採用に影響することは法違反なのです。そこで重要なのは「人」そのもので、経歴や人種、年齢は大きな要素ではないということです。社員が入社したらまず、コミュニケーションがとれるように人との接し方を訓練し、細かい決まり事が守れるようにし、同僚に敬意を持つように教育しているとのことです。
同社のペストコントロールのお得意さまの50パーセントは戸建て住宅の年間管理です。シロアリのお得意さまの90パーセントも個人の住宅です。個人の住宅の管理ペストは8種類で、それぞれのエリアで担当者が決められ定期防除管理計画をもとにプランドコール:計画訪問しています。エリア内の定期訪問で重要なことはルーティング(訪問順路) 管理です。交通渋滞を見越し、地域の特性を見ていかに効率よくルーティングできるかを考えています。もちろんルーティングは随時見直しするのが担当者とマネージャーの重要な業務になっています。このように、直接家庭に入り込み定期的に作業することから特に「人間性」を大切にしていることがよく分かります。
もうひとつ人事で感心したのは定着率です。250名のうち勤続20年以上は22名 (8%)、15年以上は34名 (13%)、10年以上は51名(20%)です。本社の受付嬢は勤続22年とのこと。なぜ、定着率が良いのでしょうか? その秘密は、利益配分プログラムが明確になっていて、社員みんなが頑張って、売り上げアップ、利益をアップしようと努力することだそうです。そして、良い職場環境づくりと機会均等(昇進昇格・継続教育・研修制度)を徹底することだそうです。
ともすればアメリカの企業と聞くと、成果主義で能力の低い人はどんどん切り捨てられる、冷たい雇用関係を想像しがちですが、このロイド社はまさに日本人の心にも響く雇用関係だと感じました。「従業員は家族」との認識がつよく、少し前の日本の企業体制に似ています。現社長の父上はいわゆる「会長」職ですが、全く現社長の邪魔をせず自らは「スピリチアルリーダー」と称しておられます。もちろん息子に引き継ぐ時に葛藤はあったようですが、息子の現社長が大胆に改革したことは今になれば大変良かったと、時代・あるいは時の移り変わりというものをしっかり受け入れ、目を細めておられる姿は見習わねばとおもいました。経営者は金魚鉢の金魚のようなもの。いつも周りから見られているから、常に行動はきちんとしなければダメだ。会社の成功はリーダーの行動にすべてかかっていると宣言され、社内の倫理規定に「自分の行動が三面記事に載るような行動をしてはいけない」と明文化されていました。
アメリカという国は車の車検制度がありません。すべて自己責任で車を管理しなさいということです。ロイド社は約200台の車両を保有しています。この車両は施工に使用する器材や道具を装備したいわゆる自社専用改造車が多くあります。この車両管理と装備管理は社内に車両メカニック専門部門を持って、日常の車両管理・定期点検整備まで2名のスタッフで行っています。まさにレーシング会場のコックピットのようなガレージが本社近くの営業所に設えてありました。
動物園のベストコントロール
ロイド社は動物園のベストコントロールをしているとのことで、動物園でのベイト配置はどうするのだろう?という単純な興味がありました。サンディエゴ働物園で担当の部長とオペレータに会いました。お二人は勤続20年クラスの部長と、さすが人間性で採用された担当者! という第1印象の素晴らしい方でした。お二人に共通している素晴らしさは、人に「安心」をあたえる何かを醸し出していることでした。
まずは動物の檻の裏側から見学し、それぞれに配置されたべイトボックスを見させて貰いました。アメリカの法律で、殺鼠剤など毒物は直接配置することができず、法に定められた構造のベイトボックスを使って配置しなければなりません。それはホテルなどの人の目に見える場所でも同じです。宿泊していたホテルの植え込みにもべイトボックスが配置されていました。
この広い動物園に配置されているベイトボックスは750個だそうです。彼一人が担当しています。どうやって750個を管理するのか?できるだけ来園者に見えないようにカモフラージュさせているので余計に管理が大変です。なんとGPSとバーコードを活用してべイトボックスを管理しているとのことでした。残念ながら具体的な施工と管理は見学できませんでした。ベイト管理だけでなく毎年春に、野ウサギが動物園に迷入してくるのでこれも防除対象としているとのこと。また、園内で問題になるイエロージャケットと呼ばれるスズメバチの巣の除去も求められています。檻の中など毒餌が使えない場所の鼠穴には炭酸ガスを吹き込んで鼠防除をするそうです。トラ舎のノミ駆除など対象ペストは多く、防除技術にクリエイティビティーが求められそうです。おそらくこれらの学術的裏付け、エピデンスを社内大学でフォローアップし、GPS・バーコードなどITの活用についても本社のIT品質管理部門がフォローアップするから多種のペスト、750個のべイトボックスが管理できるのだろうと確信しました。
UCサンディエゴ校訪問
このキャンパスはまさに森林公園の中にあるような、緑に囲まれた大学です。丁度新学期がはじまった初日のため、Dr David A Holway先生は授業を終えて我々のレクチャーにきてくださいました。もちろんこの研修も事前に資料を頂き予習していたつもりですが、難しいアルゼンチンアリの生態、特にコロニーについての講義でした。先生はラボ実験だけでなくフィールドに大がかりな装置を持ち込み、コロニーについて研究しておられます。 先住アリとアルゼンチンアリの関係、アルゼンチンアリ同士の境界線での攻撃問題など少々難しく、残念ながらもう一度資料と講義いただいた内容をじっくり勉強しないと理解できそうもありません。先住アリがアルゼンチンアリに駆逐され、結果としてその環境の植物の生態まで影響を受けること、数キロにも及ぶ広さのスーパーコロニーという概念、コロニー間の攻撃性などトピックスは多く、それぞれの論文を読まないと理解できないことがたくさんありました。
UCリバーサイドでアルゼンチンアリの現在の防除について学びましたがサンディエゴ校での講義で、よりアルゼンチンアリ防除の難しさが分かったような気がします。単なる住宅周りのベストということではなく、将来は、農業・園芸・果樹園・公園と広範囲のコントロール技術の確立に向かって行かねばならないと感じました。先生の研究室にお伺いするといろいろな装置で実験しておられ、中でもアルゼンチンアリの、餌としての炭水化物と攻撃性についてなどの実験は大変興味を持ちました。
共通項目
3カ所の訪問で、多くの先生・PCOの方に出会いました。みなさんすべて大変好意的に接してくださいました。そして、熱心に情報・知恵・考え方などを教えてくださいました。講義の中で、あるいはちょっとしたやりとりで、すべてに共通していたことが1つありました。大学の先生方もPC0業者の人も口にしたのは、それは「法を守る」です。そうです薬剤使用について、法を守るということです。日本とアメリカでは薬事法、あるいは薬剤認可制度が違うのでそのまま彼らの推奨する薬剤は使用できませんが、問題は、「許可された薬剤を、許可された環境で、許可された方法で使用しなさい」ということです。薬剤だけでなくべイトボックスなどの器材配置もしかりです。ロイド社でお聞きしたことですが、「サービスとは相手が喜ぶことをすることです。法を曲げて施工しても相手は喜びませんよ」です。現在の日本のペストコントロールの現場で、果たして100パーセント薬剤使用について法が守られていますか?と周りの人に質問すると、胸を張って「守っています」といえる人が少ないらしいです。ちょっと、いや大変困った問題です。
終わりに
アメリカのPCO事情は、インターネットで入手できる雑誌記事を見ているとある程度現状は分かっていました。最近、連続してトコジラミの記事が多かったのですが、アメリカに行って分かったことは、ホテルでトコジラミが異常に多いということです。特にハイクラスとロークラスのホテルに多いらしいです。我々はミドルクラスのホテルなので安心でした。アルゼンチンアリについてもしかりで、ここまでビジネス化と研究が進んでいるのか!そしてPCOと非常に近い位置で研究がなされていることも今回の視察でよく分かりました。
学術的なエビデンス、技術のエビデンスそして何よりもビジネスとしてのショウマンシップの大切さを教えられました。今回受けた刺激を、われわれPCJ研究会のメンバーの「ネクストビジネス」に役立てたいと考えています。
事前の講義や会社訪問の調整、資料の事前翻訳、現場での通訳など、鵬図商事の皆様そして芝生会長におんぶにだっこの6日間でした。参加したメンバー全員が大満足で帰国することができました。重ねて厚くお札申しあげます。