一般財団法人日本環境衛生センター 環境生物・住環境部 橋本知幸
このコーナーでは4月に「マダニの生態と防除」について触れましたが、今回は同じダニ類でも、一般の方から相談の多い屋内塵性ダニ類について解説します。
1.屋内塵性ダニ類の主な種類と生態
屋内塵は綿埃、砂埃、木くず、食べこぼし、フケ・垢、毛髪等、種々雑多なもので構成されますが、住宅構造、床材、住民の生活スタイルなどによって成分構成が大きく変わり、それに伴って、そこに発生するダニの種類構成も変化します。人への健康影響の観点からは、発生する種類は以下のように分けられるでしょう。
①アレルゲン性ダニ類
喘息やアトピー性皮膚炎の原因となるアレルゲン(抗原)を産生するダニ類を指します。喘息には化学物質、遺伝的要因、習慣など、様々な要因が絡んでいますが、とりわけダニアレルゲンの重要性は多くの研究者から指摘されています。ダニにしろ、昆虫にしろ、人の生活環境に常時生息し、またその数が多ければ、アレルゲンとして重要性が高くなりますが、屋内環境では特にヒョウヒダニ類が重要です。ヒョウヒダニ類は世界中どこに行っても、掃除機のゴミを調べると、最も多く検出され、屋内環境の代表的なダニ類と言えます(動画1)。ちなみに、英語のhouse dust miteを直訳すれば「屋内塵ダニ」となりますが、正確には「ヒョウヒダニ」のことを指します。これらのダニ類は人を刺すことのない自活性ですが、その糞や死骸、脱皮殻に含まれる特定のタンパク成分を人が吸入し続けると、ダニアレルゲンに感作され、さらにひどくなると発作が止まらなくなったりします。ヒョウヒダニ類は人のフケや垢を栄養として、寝具などで一年中発生する上(図1)、ダニが死んだ後でも、糞や死骸のアレルゲン性が保持されます。一年中生息するため、日常的な掃除が不十分だとアレルゲンも埃と共に溜まり続けます(図2)。
日本では特に高校生以下の子供の喘息発症率が高いため、文科省は学校保健室の寝具等のダニ検査を義務化しています。しかし、就寝時間の長い子供たちにとっては、家庭の寝具こそ、重要な管理対象と言えるでしょう。最近は、開封後、賞味期限切れのお好み焼き粉などでヒョウヒダニが大発生し、それを知らずに食べてアナフィラキシーショックを起こす事例が知られるようになってきました。欧米ではパンケーキミックスに発生することが多いことからパンケーキシンドロームと呼ばれます。
②刺咬性・吸血性ダニ類
ダニ類は屋内での痒みの原因に挙げられることが多いのですが、人を刺すようなダニ類は実際にはそれほど多くありません。屋内で痒みをもたらす代表的なグループとしてはツメダニ類、オオサシダニ類、ワクモ類が挙げられます。マダニやツツガムシのように感染症を媒介する種類も刺咬性・吸血性のダニ類ですが屋内塵から見つかることは稀です。
ツメダニ類:他のダニやチャタテムシを捕食するダニ類で、ミナミツメダニ、フトツメダニなどが、特に畳から見つかりやすいです。多発時期は高温多湿の季節で、夏場に閉め切ったまま、長期間旅行に出かけたときは注意が必要です。積極的に人を刺すのは偶発的なことですが、肌の露出箇所のみを刺され、ツメダニ検出数が多い場合には原因になっている可能性があります。
オオサシダニ類・ワクモ類:生活環境の周辺にネズミや野鳥が生息している場合、オオサシダニ科のイエダニ・トリサシダニや、ワクモ科のワクモ・スズメサシダニなどが問題となることがあります。厳密には、これらの種類は、屋内塵中に生息しているわけではなく、ネズミ、野鳥、飼鳥など、人以外の動物から吸血しており、それらの動物がいなければ見つかることはないため、検出頻度は低いと言えるでしょう。ツメダニ類と異なる点は、ネズミなどから離れた個体は人を積極的に襲って吸血することで、1匹でも被害につながります。
③その他
上記以外のダニ類以外に、一般住宅の屋内塵からしばしば検出される種類がいくつかあります。これまでに屋内塵からはこれまでに100種類以上のダニ類が記録されていますが、その中には本来の生息環境は違うところで、人為的に迷入する種類も数多く含まれています。通常、屋内塵を検査した場合、見つかるダニの種類は10種以下であることが多いように思われます。
コナダニ類:コナダニ科に属するダニ類ですが、日本ではケナガコナダニの検出頻度が高いです。ツメダニと同様に、畳から見つかることが多いのですが、かつては食品混入異物としてもしばしば問題になりました。コナダニ自体はアレルゲン性に関する報告は少なく、また刺咬性もありません。しかし、ヒョウヒダニよりも高湿環境を好み、コナダニが多いことは室内の通風換気が悪いことの指標となります。
ホコリダニ類:屋内塵性ダニ類としては小型で、検出頻度も比較的高く、屋内塵1g当たり10,000匹を超えることがあります。これだけの密度が人の生活環境に常に存在していると、ダニアレルゲンとしての重要性が考えられますが、生態学的も医学的にも不明な部分が多いのが実情です。室内周辺の埃だまりやカーペットの下面などで多くみつかることがあります。
2.屋内塵性ダニ類の防除
肉眼で確認できないために、悪者にされがちなダニ類ですが、被害に応じて、屋内塵性ダニ類の検査をする必要があります。何も調べずに殺虫剤を散布することはやめましょう。
屋内塵を検査して痒みや発疹の原因がダニである疑いが出たら、対象種によって対策を考えます。
①ヒョウヒダニ類・コナダニ類・ツメダニ類
ヒョウヒダニ類は人の生活環境には必ずいます。ダニアレルゲンは少ないほうが良いのですが、ヒョウヒダニを完全駆除することはできません。また、屋内塵性ダニ類は寝具、畳、カーペットの内部に生息しているため、殺虫剤の成分が届きにくく、ハエ・蚊、ゴキブリなどに比べて効力が実感しにくいでしょう。ヒョウヒダニ類は人の活動によってもたらされることと、殺すだけではそのアレルゲンが除去できないため、基本的には掃除と乾燥で対応することになります。一方、洗濯によってアレルゲンは劇的に減少するので、寝具の洗浄はお薦めです。ダニ密度やアレルゲン量を一般の方が把握することはなかなか難しいですが、掃除頻度が多いほど、アレルゲン蓄積は低減できます。ダニ防除の目安としては床面積1㎡当たり100匹未満または屋内塵1g当たり100匹未満を目指します。
コナダニ類とツメダニ類も、基本対策はヒョウヒダニと同じです。しかし、ヒョウヒダニ類に比べて低湿度では生息しにくいので、通風・換気はより大きな効果をもたらします。コナダニもツメダニも和室から出てくることが多いので、時々、畳を外して掃除機をかけ、下板と共に乾燥させることもよいでしょう。
なお、掃除機の性能に関しては,吸い込み仕事率の強い掃除機は吸引力が強く、ダニもアレルゲンも除去する効果が高くなりますが、紫外線照射はあまり大きな意味はありません(動画2)。また、ダニ捕集効果を狙った配置型の布製トラップは誘引効果が確認されているものもありますが、室内全体のダニ数を減少させることは難しいでしょう。
②オオサシダニ類・ワクモ類
イエダニやワクモなどの吸血性ダニ類が見つかった場合、根本的には寄生動物の駆除が必要ですが、とりあえず徘徊しているダニを駆除しなければなりません。イエダニ、トリサシダニは前述の通り、床面の屋内塵中に生息するよりも、動物の常駐場所の毛や糞の溜まった箇所周辺で多数徘徊しているのが普通です。しかも他の屋内塵性ダニ類に比べて家庭用殺虫剤(ピレスロイド系殺虫剤)に感受性が高いので、まずそのような箇所を探索してエアゾールの残留処理や燻煙剤を処理します。それによって表面の徘徊個体は速やかにノックダウンします。殺虫剤を使いたくない方は掃除機のノズルを隙間用ノズルにして動物の糞ごと吸い取って、ただちに集塵袋をビニール袋に入れて密封して廃棄するという手段もあります。こうした徘徊個体を駆除した上で、ホストになっている動物の駆除や巣の撤去を行います。ネズミの場合、体中に凄まじい数のイエダニを付けてよろよろと歩いている個体が捕獲されることがあります。もし、ネズミが捕獲された場合には、そこからイエダニが分散しないように袋に入れて、内部に殺虫剤を散布して密封してから廃棄するほうがよいでしょう。
動画1 コナヒョウヒダニ
動画2 ケナガコナダニの這い出し個体にブラックライト(紫外線)を照射したときの行動。(照射開始と共にダニの固まりが反対方向に分散していく。その一方で逃げ出さない個体もわずかに見られる。)