兵庫県立大学自然・環境科学研究所 / 兵庫県立人と自然の博物館 山内健生
マダニ類の中には、アマミノクロウサギに寄生するクロウサギチマダニ、鳥類に寄生するアカコッコマダニ、カメ類に寄生するカメキララマダニ、ウミヘビ類に寄生するウミヘビキララマダニのように、特定の動物に限って寄生する種が存在します。その一方で、宿主動物(マダニ類に食いつかれる動物)の選り好みがほとんどない種も少なくありません。また、同じマダニ種でも、3つの発育ステージ(幼虫、若虫、成虫)で宿主動物の好みが異なることもあります。このように、マダニ類と宿主動物の関係は多岐にわたります。
PMPニュース355号で白布を使ったマダニ採集法(フランネル法)について書きましたので、今回は動物(主に哺乳類と鳥類)の体からマダニ類を採集する方法について解説します。
1)動物体表からの直接採集
これは、動物の生体あるいは死体からマダニ類を採集する方法です。目に付いたマダニ類をピンセットで摘む、あるいは動物の体毛を櫛でとかす、といったやり方でマダニ類を集めます。
新鮮な死体から採集する場合には、通常、毛の中から這い出てくるマダニ類を容易に見つけることができます(写真1)。これは、宿主動物が死んで体温が下がると、外部寄生虫の多くは動物の体を離れようとするためです。ただし、皮膚に食いついたままのマダニ類も少なからずいますので、完全に採集するためには丹念に体表を探す必要があります。
写真1 駆除されたイノシシの体表を這うマダニ類
中~大型哺乳類にはおびただしい数のマダニ類が付着している場合があります。例えば、千葉県で捕獲されたニホンジカ1頭から3,300個体以上のマダニ類が採集されたという報告もあります。ですから、マダニ類の数が多すぎる場合には採集が間に合わず、マダニ類が周囲へ逃げ出して回収不能になってしまう場合もあります。このような事態を避けるには、動物の死体を密閉できる袋や容器に入れて冷凍し、マダニ類を殺してから回収作業を行うと良いでしょう。小型の哺乳類や鳥類では、それほど多数のマダニ類が寄生していることはないため、採集は容易です。
もちろん、生きている動物からマダニ類を採集することもできます(写真2)。鳥類やコウモリ類に寄生するマダニ類は入手しにくいものですが、*かすみ網を使った標識調査の際などに採集できるチャンスがあります。基本的には、生きた鳥類やコウモリ類の体表を注意深く探し、寄生マダニを採集します。ちなみに、私が初めて動物からマダニ類を採集したのは、大学時代にコウモリ調査をお手伝いした時のことでした。洞窟に潜むモモジロコウモリを捕獲し、生殖器の発達具合などを調査した際、顔に小さなコブがあるコウモリを見つけました。よく見てみると、コブのように見えたのは血を吸って膨らんだコウモリマダニとコウモリアシナガマダニでした。両種はコウモリ類だけに寄生する珍種です。当時私はマダニ類への関心が乏しかったのですが、この出来事がマダニ研究を続けるきっかけになりました。
写真2 シカからのマダニ採集
上にも述べた通り、中~大型哺乳類にはたくさんのマダニ類が寄生するため、動物の体全体を対象にするとマダニ類の数が多すぎて全個体の回収は難しい場合があります。ですので、中~大型哺乳類に寄生するマダニ類を定量的に調査する場合には、あらかじめ調査部位を決めておくのが良いと思います。私が北海道大学の揚妻直樹さん達と共同研究を実施した祭には、多数のエゾタヌキとアライグマの耳介だけからマダニ類を採集し、寄生マダニの比較を行いました。
2)洗い出し法
洗い出し法は、動物の死体をぬるま湯や水の中で洗い、付着していたマダニ類を動物の体から落として採集する方法です。死体を洗う際には中性洗剤をぬるま湯に混ぜるとより効果的です。動物が食虫類などのように小さな場合には、死体をぬるま湯に入れて振とう機で強く撹拌するとマダニ類が死体から離れます。死体を洗った後の汚れた水を目の細かい水切りネットあるいは濾紙などで濾すと、マダニ類をはじめとした外部寄生虫を回収することができます。
冷凍保存されている哺乳類や鳥類の死体からも、洗い出し法を使うと効率よくマダニ類を集めることができます。私が宇和島市に住んでいた際、近所にお住まいだった宮本大右さんの協力を得て、動物調査会社「ネイチャー企画」で冷凍保存されていた動物の死体を洗ってたくさんのマダニ類を得ることができました。この時の結果は長らく日の目を見なかったのですが、数年前に他の記録と合わせて論文として発表することができました。たくさんの死体を洗う作業は少々大変でしたが、今となっては楽しい思い出です。
3)懸垂法
懸垂法は、動物の新鮮な死体を紐で吊り下げ、その下に水を入れた容器を置き、死体から落下するマダニ類を集める方法です。死体を数日吊り下げておけば、付着していたマダニ類をほぼ回収することができます。私が在職していた富山県衛生研究所では、定期的にネズミ類を捕獲して解剖し、各種病原体の保有状況を調査していました。それと並行してツツガムシ幼虫によるネズミ類への寄生状況も調べていました。そのため、解剖後の死体はすぐに吊り下げ、ツツガムシ幼虫やマダニ類などの外部寄生虫を集めました(写真3)。この調査を通じて、ネズミ類に寄生するマダニ幼虫・若虫を多数集めることができました。
写真3 懸垂法によるネズミ類からの採集
おわりに
動物からの採集ではフランネル法では採集しにくいマダニ種も得ることができます。ですので、ある地域のマダニ相を把握する必要がある場合にも重要な方法です。また、マダニ類と宿主動物の関係を知ることができるため、試みる価値は高いといえます。
*かすみ網を使用するためには特別な許可が必要です。