兵庫県立大学自然・環境科学研究所 / 兵庫県立人と自然の博物館 山内健生
マダニ類が皮膚に食いついても普通はたいしたことにならないのですが、希に病原体を媒介する場合があります。そこで、今回は、マダニ類に食いつかれないために皆さんができることについて解説します。先日、私は『招かれない虫たちの話 ―虫がもたらす健康被害と害虫管理』(東海大学出版会)という本に「マダニ人体刺症とその対策」という章を書きましたので、以下、その内容に沿って説明します。
1)衣服について
マダニ類から身を守るための衣服のポイントは、1)マダニ類が付着しにくいこと、2)衣服へ付着したマダニ類が皮膚へ到達しにくいこと、の二つです。
衣服の生地は、毛羽立ってモコモコしているとマダニ類が付着しやすいため、目の細かいスベスベしたものが良いです。さらに、淡い色の生地は、付着したマダニ類が目立ちやすいため、おすすめです。もちろん、気づいたらすぐに取り除きましょう。
マダニ類は、下草や地表などといった低い位置に多く潜んでおり、吸血源となる動物がやってくるのを待っています。そのため、マダニ生息地では、長ズボンを着用し、ズボンの裾を靴下の中に入れ、足元の守りを固めましょう(写真1)。さらに、シャツの裾もズボンの中に入れましょう。つなぎの服や長靴を着用すれば、さらに効果的です。このようにすれば、マダニ類がズボンや靴に付着したとしても簡単には皮膚へ達することができなくなります。衣服に付着したマダニ類の多くは、衣服の下へ潜り込んで皮膚を目指します。ですので、マダニ類を衣服の下へ潜り込ませないことが重要なのです。ちなみに、マダニ類の被害は、暖かい季節に多く、寒い季節には多くありません。これは、寒い季節にマダニ類が少なくなるからではなく、人々が厚着になることと山林へ行く機会が減ることが理由だと考えられています。
写真1 ズボンの裾を靴下の中に入れてマダニ採集をする人
多くの自治体やマスコミは、マダニ類を防ぐ方法として帽子の着用や首にタオルを巻くことを推奨しています。しかし、これらはマダニ対策としては無意味です。同じく推奨されることの多い長袖や手袋も、草丈の高い草むらに分け入る場合を除いて、ほとんど意味がありません。マダニ類は蚊やアブのように空中を飛んで襲ってこないので、上半身の肌の露出を減らすことに大きな意味はないのです。
マダニ類は、ヒトの頭部へ食いついた状態で見つかることが多々あります。そのため、木の上からマダニ類が落下して頭部に食いつくと信じている方が少なくありません。でも、それは誤解です。マダニ類は、付着した後、吸血に適した部位を求めて這い回り、好みの部位に達すると食いつきます。つまり、マダニ類は最初に付着した部位から吸血するわけではないのです。東日本に多いヤマトマダニの成虫(写真2)は、地表付近に生息しますが、頭部へ好んで食いつく性質があるため、「木の上からマダニ類が落ちてくる」という誤解の原因になっていると考えられます。ちなみに、マダニ類は乾燥に弱い生物ですので、乾燥しやすい樹上はマダニ類にとって好ましくない環境なのです。
写真2 ヤマトマダニ雌成虫
2)忌避剤の使用
マダニ忌避剤として、ディート(DEET)という化合物がよく用いられます。一定濃度以上のディートを使用することで、マダニ類の探索行動に対する防御作用がみられます。だから、衣服や靴の上、あるいは肌の露出部分にマダニ忌避剤をスプレーで吹きかけると効果的です。ディートは、厚生労働省が推奨している虫よけ剤の成分で、これを含む虫除けスプレーは薬局などで販売されています。なお、ディートはよく効くのですが、汗などで流れやすいため、定期的に何度も吹きかける必要があります。また、国内で承認認可されたばかりのイカリジンにもマダニ類に対する忌避効果があるそうです。
3)帰宅してから
衣服等に付着したマダニ類が、野外から屋内へ持ち込まれる場合もあります。そのため、マダニ生息地から帰宅したら、すぐに衣服を脱いで着替えましょう。そして、脱いだ衣服を天日干しにするか乾燥機に入れることが望ましいです。マダニ類は乾燥に弱いため、よく乾かすことで確実に殺すことができます。
さらに、できるだけ早く入浴し、自分の身体にマダニ類が付着していないかチェックしましょう(写真3)。目視でのチェックも大切ですが、マダニ類は見にくい部位によく食いつきますので、手で触ってはじめて気づく場合もあります。ちなみに、湯船につかっても、食いついたマダニ類が皮膚から離れるわけではありません。
写真3 上腕部に食いついたマダニ幼虫
その他、野外から鳥獣の死体、植物、キノコなどを屋内へ持ち帰り、それらに付着していたマダニ類によって屋内で食いつかれたという報告もあります。マダニ類が潜んでいる可能性のあるものを屋内へ持ち込む際には、密閉容器に入れるなどして、マダニ類が這い出てこないよう気をつけた方が良いでしょう。
細心の注意を払っても、運悪くマダニ類に食いつかれることはあります。次回は、マダニ類に食いつかれてしまったらどうしたらよいかを解説します。