奥村防蟲科学 奥村 敏夫
ヒラタキクイムシの発生量は室内側で計50頭ほどであったが、壁裏側ではごく一部だけでも、その3倍以上の死骸を確認した。また、壁材の突出した部分から点検口の周辺、ダウンライトの取り付け孔の隙間など天井裏全面に虫が散在していた。
したがって、両物件とも天井裏ないし壁裏側において継代的に発生を繰り返していることが明らかとなった。
アフリカヒラタキクイムシとヒラタキクイムシ。この難防除害虫の発生により住宅メーカーと施主との間でトラブルになっていた。
すでに両物件とも数回にわたりエアゾールを虫孔に注入したり虫孔を塞いだりといった対処療法はなされていたが、分譲物件においてはこれまでに数回の壁材の貼り換えまで行っており、住宅メーカー側の負担額は400万円以上に膨れ上がっていた。
ヒラタキクイムシ類の駆除には細心の注意が必要であり、布村(1968)は次のように警告している。一度この虫に侵されると一時期虫糞の発生が止み被害がストップしたようでも年々次々発生が繰返される。駆除したつもりでいて2~3年後に他の部屋、玄関、廊下、階段等のフローリング材に被害が移動した例もある。シロアリなどに比べ移動距離、繁殖力は劣るが、一度発生したら完全に絶滅するまで充分注意しなければならない。
ヒラタキクイムシは産卵管の幅より大きい導管(樹木の水分や養分を通す管の直径が0.18mm以上)を持った広葉樹の柾目および板目面に現われた辺材の導管の中1)および木口面導管に、4~6mmの産卵管を挿入して1~4個の卵を産下する。木口面の場合、導管の入口に最も近い卵でも、数mmは内部にあることになり、最も奥の卵は産卵数からみて10mm近く入口より入っているものと思われる。したがって、薬剤処理を施す場合は、含浸された薬剤が充分な効力をもつためには、少なくとも辺材にはこの程度の長さだけ木口面より内部へ薬剤が浸透していなければならない。また、材の裂目にも産卵することが知られていることから、木口面のみの薬剤処理では不十分であり、導管が露出している面の全部ならびに塗装やクロスの剥離した部位や亀裂等の裂目にも処理しなければならない。
既築の物件において、内装材を解体することなく上記の注意事項を万全にすべく薬剤を散布あるいは塗布することは、限りなく不可能に近いと言えよう。唯一の手段は、くん煙剤による燻し、もしくは揮散性の高い蒸散剤による殺虫である。勿論のこと、ヒラタキクイムシ類に対して感受性の高い有効成分を用いることは言うまでもない。
これらを踏まえ、住宅メーカーと施主の同席のもと具体的な駆除方法について協議した。
施主からは極力薬剤の使用を避けて欲しいとの強い要望があり、住宅メーカー側も同様の意見であった。貼り換えを繰り返していた分譲物件においては半ば諦めた様子で、とにかく安全性を優先して欲しいとのことだった。事実上、薬剤処理は採用できない状況であった。そこで、これに代わる手段として熱処理について検討した。
ヒラタキクイムシは熱に弱く、駆除に熱処理が有効であるとされている。材の温度を殺滅可能な温度まで高めると、比較的短時間で材中の卵、幼虫、蛹を死滅さすことができる。
熱処理においては、乾熱と湿熱(蒸気)の2種の処理に区別される。乾熱においては、Altson(1922)により149℉(65.5℃)が殺滅温度と決定されており、厚さ1インチ(2.55cm)の木材に対し2時間、それ以上の厚さに対しては1インチにつきなお1時間保たれなければならないとしている。湿熱に関しては、Fisher(1928)が100%の湿度で130℉(54.9℃)以上の温度が1時間半保持される時に殺滅的であるとしている。ただし、材中の温度がその温度に達するまでに要する時間は材厚に関係するので、これに応じた適当な温度と時間を必要とする。
この情報を基に、予備試験として厚みの異なる3枚のラワンベニヤを用意し、業務用スチームクリーナーの蒸気をベニヤ表面に直接当て、裏側の温度がAltsonの殺滅温度を超える70℃に達するまでの時間を計測した。スチームクリーナーはケルヒャージャパン㈱製のDE4002plusを用いた。
本体のスチーム調整ダイヤルとミスト調整ダイヤルは水滴が噴出しない程度に、いずれも最少に設定して使用した。また、蒸気噴出口は付属品のハンドブラシに布カバーを被せたものに加え、ケルヒャージャパン㈱より特注で試作頂いた専用ヘッドの2種類を用いた。その結果、厚さ5.5mmでは45秒以上、9.0mmでは90秒以上、12mmでは360秒以上を要した(未発表)。この結果を基に厚さ5.5mmの壁材は60秒間、12mmの床材は虫孔の周辺のみを6分間として熱処理を実施することにした。
住宅メーカーの協力のもと、玄関ドア三方枠から壁クロス(PVA)、幅木、床材等の内装材に対する影響を観察しながらの施工となったが、熱による建材への影響は特に見られなかった。
ただし、床材については表面をクリア塗装されたワックスが熱により溶解し、白く変色したことから再塗装が必要となった。ワックスの再塗装後は白色が残ることも無く正常に回復した。熱処理の後、念のため虫孔の目立つ部位のみ木部害虫用発泡エアゾール剤※を虫孔に注入し爪楊枝で密栓した。
※ エバーウッドムースエアゾール(住化エンビロサイエンス(株)製)