ワルファリン抵抗性ネズミにも効く第2世代の抗凝血剤ジフェチアロール

鵬図商事株式会社 顧問 岩本龍彦

 1940年頃にアメリカのウイスコンシン大学のK.P.リンクらは、貯蔵牧草中に含まれるある特定の草を食った牛がかかる、ヒトの血友病に似た血液凝固障害による牛の病気(Hemorrhagic Sweet Clover Disease)を研究していた。この牧草は牧畜業者にスイートクローバー(シナガワハギ) として知られ、牛が食うとその植物が含む毒物のために、内出血死することが以前からわかっていた。リンクらはこの毒物がその化学構造式にクマリン環を持つことから、ダイクマロール(Dicoumarol:日本名ジクマロール)と名づけた。その血液凝固阻害作用を利用して、外科や産婦人科での術後の肺塞栓予防や血栓症の治療に現在も使われているのがこの医薬品「ワルファリンカリウム」である。
 リンクらはさらに研究を進め、クマリン環を持ついくつかの検体を合成してスクリーニング試験にかけた。その結果第42番目に合成された化合物が、ラットを使ったスクリーニングで、1回の大量投与には耐えても、少量ずつ5日間連用すると内出血で死に至ることがわかった。この化合物は42番目に合成されたのでコンパウンド42と呼ばれたが、後にWisconsin Alumni Research Foundationの頭文字をとってワルファリンとなった。
 この物質は無味無臭のため殺鼠剤としてきわめて優れた性質であることが判明した。つまりそれまで使われていた急性毒餌ではべイト(毒餌)の摂食忌避が多く、毒餌の加工法や仕掛け方に熟練を要した。それに反して抗凝血という薬理作用を持ついわゆる慢性毒餌なら、症状の出現が緩和なので、ネズミに連日にわたって食い続けさせることができた。ベイトシャイネス(毒餌忌避現象)を最小限に抑えるというメリットがあったのである。ワルファリンを端緒としてクマクロール、フマリン、エンドロサイドなどの殺鼠剤が商品化された。
 以上が抗凝血薬の殺鼠剤への応用例であるが、上述のように殺鼠剤としての優れた性質を持つ反面、駆除に時間がかかるという難点があった。そこでもう少し短い時間で内出血死させる、もしくはできれば1回摂食で死に至らせることができるような、抗凝血剤の開発が進められることになった。また長年にわたって世界中で使われ続げてきたワルファリンに、抵抗性を発達させたネズミが出現したことも、開発を急がねばならない原因のひとつであった。
 当時のイギリスのICI社、ドイツのバイエル社、それにフランスのリーファ社などがその開発競争に加わった。なかでもリーファ社はブロマジオロンと今回ご紹介するジフェチアロールの開発で著名である。これら新しく開発されたグループの殺鼠剤では、抗凝血剤感受性系統のネズミには単回 (1回)投与でも、また抵抗性獲得ネズミに対しても3~4日の連日投与で効果が得られるという、きわめて優れた効果が得られることがわかった。そこでこれらの抗凝血剤のグループをSecond Generation(第2世代)抗凝血剤と呼ぶことにし、先のワルファリンのグループをFirst Generation(第1世代) 抗凝血剤と総称することにした。こうして誕生した第2世代の抗凝血剤のグループの中でも、95年に開発されたジフェチアロールは最も新規の抗凝血剤である。昨年6月に札幌で開かれた第57回日本衛生動物学会大会で、このジフェチアロール製剤の有効性に関する2報が報告されたので以下に紹介したい。
 ひとつはイカリ消毒の谷川さんによる「ワルファリン抵抗性クマネズミに対するジフェチアロン製剤の効力」で、0.0025%(25ppm)ジェル剤を用いた試験成績の報告である。
 使ったネズミは感受性系統がイカリ消毒の研究所で継代飼育中の小笠原系、ワルファリン抵抗性系統は東京・新宿で捕獲した個体をもとにしている。まずワルファリン感受性クマネズミでは24時間の摂取ですべてが死亡した。これに対しワルファリン抵抗性ネズミでは24時間摂取で42%、2日間摂取で92%、3日間摂取では75%の死亡率であり、4日間の摂取で100%の死亡を観察した(薬剤を強制投与後は通常飼料で飼育) 。この結果、感受性系統では1回投与(7g/100g;1.7mg/Kg)後観察期間7日間までに全数が死亡するが、ワルファリンに抵抗性が明らかな場合は若干の連続投与が必要であろうと結論された。
 続いて伊藤さん(日本環境衛生センター)と矢部さん(ラットコントロールコンサルティング)は「新規抗凝血性殺鼠剤difethiarolの室内および野外効力評価」の演題で講演した。
 室内基礎効力試験ではジフェチアロールを(0.125%含有する中間原体を用いて)5、10、25、50 ppm含有する毒えさを調製し、マウスおよびラットに1日間役与した後の死亡の有無を観察した。供試動物数はそれぞれ10頭である。この試験では両種とも25ppm毒えさでの死亡率が100%となり、ジフェチアロールの摂取量はそれぞれ4.7mgおよび1.9mg/Kgであった。25ppm製剤の基礎効力試験(単独配置)ではマウスに1日間、ラットに1~2日間の投与で100%の死を観察した。
 次に神奈川県内の2軒の一般住宅においてドブネズミとクマネズミに対する野外効力試験を行った。3~4日間の前餌(無毒餌)に続いて2日間の毒餌およびその後3~4日間の後餌(無毒餌)を配置した。最終的には後餌の消失量が0であったことから、本薬剤はわが国の家ネズミ防除に有効に使用できるものと期待される。
 いよいよわが国にも第2世代抗凝血剤が本格導入される。あとは”どう食わせるか”が問題だ。ベイトボックスの上手な使い方などPC0の腕が試されることになりそうだ。

 ジフェチアロールを0.0025 %含有する製剤はアース製薬が医薬部外品:販売名・デスモアD2として承認を得ており、PMP向け商品は「スーパーデスモア」の商標で販売する。医薬品一般名称データベースによれば、この殺鼠剤のJAN(日本一般名)はジフェチアロール。英文日本一般名表記はdifethiarolとすると03年8月7日に通知されている。
(本稿は06年3月第281号からの再録です。)

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