生物医学研究所・PCJ研究会 代表 青木 皐
「食中毒」とは、食品あるいは水を介して感染する「感染症」の1つのことです。本来、食中毒は罹患したその人だけで感染が終わり、他人に伝染しない疾病を指していました。ところが0157 : 腸管出血性大腸菌食中毒は簡単に周囲の人に伝染する食中毒で、従来の概念から違ってきました。最近流行しているノロウイルス食中毒も同様です。そのため、食中毒防止に対する対策も、食品そのものだけを主眼におくのではなく「感染症対策」として広い範囲で考えてゆかねばなりません。今では「食中毒原因物質」別に次の5つに分類されます。
「細菌性食中毒」「ウイルス性食中毒」「原虫類・真菌など」「自然毒食中毒」「化学性食中毒」
- 細菌性食中毒
- ウイルス性食中毒
- 原虫・真菌による食中毒
- 自然毒食中毒
- ・化学性食中毒
細菌が食中毒の原因物質となる食中毒のことです。細菌の特性により次のように分類します。
■感染型
感染侵入型→サルモネラ属菌、腸管侵人性大腸菌、エルシニア菌
腸管毒素型→腸炎ビブリオ、カンピロバクター、ウェルシュ菌、腸管出血性大腸菌、コレラ菌、赤痢菌
■毒素型→黄色ブドウ球菌、ボッリヌス菌、嘔吐型セレウス菌
感染型とは、細菌が食品などに付着していて、それを食べた時に起きる食中毒で、食品に付着している(増殖している)菌数の多さにより感染に差が出ます。サルモネラ属菌は時には100個の菌数で発症することもあります。しかし、食べる前に加熱殺菌すると感染することはありません。一方毒素型は食品に細菌が付着し、そこで増殖し、細菌が毒素を産生し、その毒素が食品に残って、これを食べた時に起きる食中毒です。食べる前に加熱しても、いったん産生された毒素は加熱してもなくならならず発症します。黄色ブドウ球菌は人の皮膚、頭部、鼻腔などに普遍的に付着しているため、誰もが食中毒の加害者になってしまいます。
少し前までは「小型球形ウイルス」と呼ばれていましたが、今はノロウイルスとよばれるウイルス性食中毒事故が各所でおきています。もともと2枚貝が保有しているウイルスで、アサリ・シジミ・カキなどが代表食材です。なかでもカキは生食することが多く原因食品の代表のようにいわれてきましたが、最近のノロウイルス食中毒事例を見ると必ずしもカキは存在せずその他の原因で起きています。 1つは、感染者が嘔吐した汚物による感染です。嘔吐のときの飛沫が人に吸引されたり、飛沫が乾燥してウイルスが空中に漂い人に吸引されて発症します。あるいは汚物処理をした人の手に付いていたり、床に残ったウイルスが乾燥して浮遊して感染します。また、調理担当者が健康保菌者で汚染源になることがよくあります。本来、ノロウイルスそのものの毒性は低く、死に至ることはありませんが、嘔吐の際嘔吐物が肺に入り肺炎併発で亡くなる方がおられます。
最近、原虫が原因で食中毒が起きたのは、水にクリプトスポリジュウムが繁殖して、この水で調理したため起きています。水道に使用される塩素では死滅することがありません。水道直結であればあまり問題になりませんが、ビルなどで「貯水」すると時々クリプトスポリジュウムの混入があるようです。真菌はカビで起きる食中毒で、カビが食品に繁殖すると毒素を産生することがあり、この毒素により起こります。食品として活用する麹などは問題ありませんが、カビの生えた食品は危険です。
自然毒は動物性と植物性に分けることができます。動物性の代表は「フグ毒」です。フグの内臓、卵巣、血液は法律により安全に管理することが義務づけられています。そのほか、貝類に時々毒があることが新聞に報じられ、潮干狩りが禁止されることがあります。これはアサリなどの貝が吸い込んだ海水に毒性のあるプランクトンなどがあり、それが貝体内にたまることによります。潮干狩りシーズンの貝は検査されて警報が出されます。
植物性の代表は「毒キノコ」です。国内の山間部には多くの毒キノコが生えています。今まで安全だといわれたキノコもその生育環境により毒性を持つこともあります。まして図鑑頼りに判断することは難しそうです。そのほか「ジャガイモの芽」があげられます。以前は市場に並ぶジャガイモは発芽しないように7線照射をしていましたが、最近、産地から直接スーパーマーケットなどに流通するものや、直売によりア照射しないものが家庭に入ってきて、発芽部分の除去が完全でなく時々事故が起きています。
まさに、化学物質が原因の食中毒です。我々が使用する殺虫剤(農薬)ももちろん含まれます。そのほかPCBや重金属もここに含んでいます。カレーの中にヒ素(シロアリ防除に使用したといわれている)が混入した事件がありましたが、これも食中毒です。
基本行動は、つけない・増やさない・殺す
食中毒を防ぐには、まず食品に細菌やウイルスを「つけない」ことが大切です。しかし、もともと「ついている」食品もあります。夏の近海魚には「腸炎ビブリオ」が付着しています。このようなときは「除去する」からはじまります。手洗いをするのも、手に付いている黄色ブドウ球菌を「除去」することにより、食品につけないことができます。増やさない方法は「低温」管理です。冷凍しても死滅しない菌は多々あり、もちろん冷蔵下で死滅しない菌もあり、低温管理ですべて大丈夫ということではありません。低温管理で注意しなければならないのが「冷蔵庫の温度」です。食品工場や飲食店で、デジタル表示している冷蔵庫がありますが、そのデジタル表示が本当に正しいか?あるいはメモリ(低・中・高など)で管理しているところの冷蔵庫内温度が適切かどうかを検証してみてください。実験などで使用した「棒温度計」で測定します。菌に対する温度の目安は次の通りです。
75℃ 殆どの細菌は1分以上で死滅する。ただし毒素や耐熱菌は死滅しない。
69~40℃ ゆっくり増殖する。生煮え状態に注意。
40~20℃ 猛スピードで増殖する。室内温度はこの範囲にはいる。
20~5℃ ゆっくり増殖する。冷蔵庫は10℃以下に、肉・魚は5℃以下。
5~1℃ 増えるものもある。
0℃ 殆ど増えないが死滅しない。
-10℃以下 増えないがタヒ滅しない。
健康保菌者探しは検便
食中毒菌の付着した食品を食べると、全員に症状がでるわけではありません。その人の抵抗力によって症状に差が出ます。お腹に食中毒原因菌はいるが症状のでない人を「健康保菌者」といい、実はこの人が感染源として一番危険なのです。下痢・嘔吐などの症状がでませんから、自分が食中毒菌を保有しているなど夢にも思いません。食中毒菌は肛門から便と共に排泄されます。用便後の手洗いが不十分だと、その手に食中毒菌が付着しています。この手で調理に携わると食品に菌を付着させることになります。細菌だけでなくノロウイルスのようなウイルスも同じです。そして、0157 : 腸管出血性大腸菌、サルモネラ、ノロウイルスなどは健康保菌者の腸内に1ヶ月ぐらい存在し、排菌していると考えられます。そこで、食品加工従事者は、少なくとも1ヶ月に1回検便することがのぞまれるのです。
大腸菌は悪者?悪者退治の手洗い!
すべての食品から大腸菌が検出されてはならないとされています(カキは除きます)。海水浴場としてその海域が適しているかどうかは大腸菌の数で決まります。 0157は大腸菌の仲間です。このような情報から多くの方が「大腸菌は悪」と認識していますが、大きな間違いです。重篤な症状をまねく病原性のたかい大腸菌もありますが、すべての人の腸管には腸内常在菌として大腸菌は存在し、排便と共に排出されています。常在菌ですから我々人間が食べたものを消化しています。大腸菌は肛門からしか排出されないので(ほとんどは便と共に)、もし、食品から大腸菌が検出されたら、何らかの形で 「糞便由来汚染」があったと見なされます。ひとつひとつ食中毒原因菌を検査することは大変な作業になるので、比較的検査が簡単な大腸菌を検査することで「糞便由来汚染」がないかを見ているわけです。いわば、大腸菌は汚染の「指標菌」です。用便後多くの人はトイレットペーパーで処理しますが、通常使用されている枚数では手に大腸菌などが付着されているといわれています。そこで手洗いが必要になります。普段の生活ではあまり気になりませんが、今から食品加工や調理に携わる前の手洗いは「衛生的手洗い」という概念で、石けんを使い充分泡立て指先、指の股、手首までしっかり洗い、流水でしっかり洗い流し、アルコールなどの消毒剤で消毒することが大切です。少なくとも衛生的手洗いをすると2分ぐらいかかります。普段トイレに行ったあとの流水で数秒手洗いしているのを「社会的手洗い」といい、微生物学的な清浄度は期待できません。