博物館に寄せられた質問から 食べ物編 3

名和昆虫博物館 名和哲夫

サンドイッチに虫が………

 数年前、30代くらいの男性が、いきなり車で乗り付け、質問してきました。
 「サンドイッチを買ったら、中に虫が入っていた。これが何の虫か見てほしい。」というのです。見ると、コンビニなどのサンドイッチではなく、手作りサンドイッチを主に売り物にしているお店の商品で、完全密封とは言えないビニールで包装したサンドイッチのパンの上を、表面が透明で黒っぽい内臓が透けて見える1㎝余りのウジのようなものがせわしく動き回っています。
 「この段階では種の判定は難しいですが、ハエ、あるいはアブの仲間の幼虫だと思いますが………。これからどうされます?」
 一般のお客さんで、かなりマイペースな質問なので、ちょっと戸惑って、どういう扱いをするべきかを考えながら尋ねると、「お店に行って注意しようかと………。」
 と、想像した通りの返事です。返品するだけなら、ここまで持ってきて質問をしなくてもすぐにお店に持っていけばいいのに、と思いながら「そうですね。ただ、なかなかそのような自然系を売りにした商品だと、このような虫が入り込むのを防ぐのは大変ですよね。強く文句を言うと、生産ラインで不必要な殺虫剤などがまかれたりして、かえって消費者にとって不利益になることもあるので、クレームは慎重にされた方が………。普通に代替え品とさらっと交換してもらった方がいいのではないですか?偶然の混入の可能性が高そうですし………。」
 「いや、僕はこれが何者かということも興味があったので。」
 「でも、これの種の断定はここでは大変難しいですよ。これが成虫になれば、かなり明確にはなりますが………。」
 「それじゃあ、これを預けておくので、成虫になったら教えてくれませんか。」と無体な提案。
 「いや、それは無理です。これがすぐに蛹になって成虫が出てくればいいですが、死んでしまう可能性が大ですから。」
 「いや、死んでしまったらそれでいいですから、一度やって見てくれませんか。」
 と、最初は、お店にクレームをつけるために持ち込んだはずなのに、すっかりその虫に興味が移ってしまったようです。これは厄介なことになってしまったと思いながらも、私自身も興味がわいてきたので、ダメもとという前提で預かることにしました。
 当の本人は、最初の目的とはすっかり変わってしまった成り行きを気にもせず、連絡先を告げて、帰っていかれました。

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出てきたのは?

 預かってから2日目、その虫はプラスチックケースの中を歩き回っているのをやめて、垂直の壁面に尾端をつけぶら下がりました。どうやら蛹化したらしく、これはうまくいくかもと、期待できそうになりました。
 4日後、ケースの中をオレンジと黒のストライプの腹部を持つ体長6㎜ほどの小さなアブが歩いていました。羽化成功です。その瞬間、「あ、ヒラタアブだ!」と叫んでしまいました。ヒラタアブの仲間ということになると、あのサンドイッチに紛れこんだ過程が想像できます。
 ヒラタアブの仲間の幼虫は、一般的にアブラムシを捕食するので、サンドイッチにはさむ野菜などにつくアブラムシを食べていたこの幼虫が、見落とされていっしょに包装されてしまった可能性が濃厚です。もう少し詳しく調べたところ、ホソヒメヒラタアブではないかというところまで行きましたが、手持ちの文献などでは近似種があまりのっていないので、断定はできませんでした。
 早速、依頼主に電話したところ、次の週末に来館し、成虫を興味深そうに見ながら、「そうか、食材についていたアブラムシを食べていて紛れ込んだのか。いい奴だったんだな。」と妙に感心して納得顔で帰って行かれました。
 実は、今回は、「入館者の方に限っての何でも相談」という当館の規定で個人の質問に答えたのですが、こんなところまでやることは通常しません。こんなことをいつもやっていたら、当館はつぶれるでしょう。ただ、自分の勉強にもなるのでということで引き受けたのですが、好奇心を満足させることができて、結構おもしろい経験でした。

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サンドイッチに虫が………その2

 1年ほど前、滋賀県の保健所からカメムシのことで聞きたいことがあるという電話がありました。
 「実は、県内のコンビニで販売していたサンドイッチの中にカメムシがいて、それを買ったお客さんの子どもが知らずにかんでしまったんです。」
 「ええっ! それは気の毒に。」と私。
 「その子をあわてて医者に連れて行ったんですが、口の中が炎症を起こしていて、生産者に対し、謝罪を要求しているんです。」
 「それはそのコンビニで紛れ込んだんですか? それとも製造工場で入ったんですか?」
 「製造元の会社が認めています。」
 「はあ、なるほど。それなら、その会社が謝罪すればいいですよね。」
 「ところが、医者にまで行くのは大げさだと言って、誠意を持って対応しないのです。」
 「はあ、それは困りましたねえ。」
と言いながら、この電話の意図がわからなくなり、
 「ところで、私に何をお聞きになりたいんですか?」と聞くと、
 「これから、その会社の人と、かんでしまった子どもの家族とが対面して話し合うのですが、私が立ち会わなくてはならないので、カメムシのことを知っておかなくてはいけないので………。カメムシを食べると炎症を起こすほどきついんでしょうか?」
やっと、電話の意図がわかりました。でも、それは、医者に行ったんだから医者に聞いてもらえばと思いながら、
 「今回の件がどの程度の被害だったのかは、お医者さんに聞いてもらうのが妥当でしょう。ただ、私が大学時代に、カメムシの飛翔能力を卒業論文のテーマに選んでいた同級生がいて、彼のためにカメムシを片っぱしから採ってきて、針金の先にそのカメムシを瞬間接着剤でくっつける作業をしたことがあります。そうするとカメムシは防御本能で揮発性の強烈な臭いを発します。臭腺から出たその揮発性の液体が指の皮膚に付くということを何回もしていたため、指の皮膚が焼けたように茶褐色になった経験があります。そんな経験から想像するに、それが口の中で起こったとすれば、炎症が起きても当然のように思います。」
 「そんなにきついのですか。」
 「食べてしまった子に同情します。それにしても、その会社の人は混入の責任を認めているのに、なぜ謝罪しないのでしょうね。」
 「そうなんですよ。それで困っているんですが………。」
 結局質問を受けた私としても、何ともしようがない釈然としない受け応えのままで終わってしまいましたが、今どき、そんな会社があるのだろうかと、驚いてしまいました。本来なら、誠意を持って謝罪し、お客さんからの訴えに誠意を持って対応しなければ、今後商売をやっていけないでしょう。混入が自分のところではないと否定しているのなら、話は別で、まず混入経路を解明するのが順当です。でも、生産工程の中で混入したということを認めている以上、謝罪して対応しないと、社会的に抹殺されるのではないかと思います。
 虫混入に関しては、生産者に同情的な私ですが、さすがにこの件だけは、応援する気になれませんでした。自らカメムシをかんでみて、その子と同じ目に合ってから謝罪をしてもらいたいものだと思ってしまいました。
 その後の決着がどうなったのか気になりますが、連絡もないので、わかりません。でもその会社が猛省して、姿勢を正してほしいと願います。

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