兵庫県立大学自然・環境科学研究所 / 兵庫県立人と自然の博物館 山内健生
白布を使ったマダニ採集法(フランネル法)についてはPMPニュース349号で簡単に触れました。この反響が思いのほか大きかったので、今回は読者の皆さんがみずから実践できるよう、少し詳しく書いてみたいと思います。
フランネル法とは,白いネル布を下草や地表に接触させながら歩き,白布に付着したマダニ(写真1)を集める方法です。多くのマダニ種では、宿主動物に寄生する前の個体が、植物上や地表に静止して第1脚を伸ばし、宿主動物が通るのを待っています。マダニは白布に触れると付着するため、この性質を利用して採集することができるのです。ときどき白布にマダニが付着しているかをチェックし、付着していたらピンセットで密閉容器へ移します。特に成虫は振動などで白布から脱落する場合が多いので、なるべく頻繁に白布をチェックした方が数多く採集できます。なお、ごく稀に血を吸って膨らんだマダニが採れることもあります。
写真1 白いネル布に付着したフタトゲチマダニ雄成虫
白布の大きさに決まりはありませんが、おおむね0.5~0.9m×1.0~1.5mmくらいの大きさが使いやすいと思います.白布の一辺を折り返して袋状に縫い,そこに棒を通すと旗状になりますので、持ちやすく便利です.棒は何でも良いのですが、私は園芸用の支柱を使っています。棒から白布がずり落ちないようにクリップなどで固定すると完璧です。なお、白色のネル布を使うのは付着したマダニを見つけやすいからであって、白い色がマダニを誘引するわけではありません。また、ネル布はちょうど良い具合にケバ立つため、マダニが付着しやすいのです。逆に、白布が濡れると毛が寝てしまうため採集効率が落ちます。
採集したマダニを入れる密閉容器としては、筒状でプラスチック製のものが壊れにくくて便利です。私は遠沈管(写真2)を使っていますが、空の500mlペットボトルなどでも代用可能です。採集中、容器内のマダニが這い上がり、蓋を開けた際に逃亡をはかることがあるため、注意が必要です。逃亡個体を減らすには、密閉容器内に植物の葉(シダなど)や湿らせた紙片などを入れてマダニが蓋付近まで登る機会を減らすことです。また、容器を強めに叩いて、這い上がってきたマダニを落としてから蓋を開けるのも良いです。もちろん、採集したマダニの数が増えてきたら、新しい容器を使うに越したことはありません。
写真2 採集したマダニを入れた密閉容器
マダニの採集地としては、一般的に、樹木などに覆われて薄暗く、下草が生えており、歩きやすい場所を選定することが望ましいと言えます(写真3)。さらに、ニホンジカやイノシシなどの大型野生哺乳類が多く生息している地域ではマダニの生息密度も高いため、採集には好都合です。多くのマダニ種は乾燥に弱いため、日当たりの良い道路脇のセイタカアワダチソウがひしめくような場所は採集に向きません。しかし、例外もあります。一般的には直射日光のよく当たる場所はマダニ採集には適さないのですが、フタトゲチマダニは日当たりが良く草丈の低い草原などで春に多く採れます。したがって、通常の山野に限らず、河川敷や人家の庭などでも採集される場合があります。ニホンジカなどの大型獣を好むマダニ種(例えば、フタトゲチマダニやヒゲナガチマダニの成虫)に関しては、植物上の高い位置(20~110cm)で待機しているため、そういった場所に白布が触れるようにするのが採集のコツです。一方で、地表に積もった落ち葉の上では、キチマダニなどが多く採れます。
写真3 マダニ採集に適した環境
秋の調査では、いわゆる「ひっつき虫」が厄介です。「ひっつき虫」とは、衣服に付着する植物種子のことで、イノコズチ、チカラシバ、センダングサ、ヌスビトハギなどのことを言います。白布がこれらの植物に触れると,種子が白布に多数付着し、採集効率が落ちます。ですので、白布が「ひっつき虫」に触れないよう注意しないといけません。秋の採集では、いかにして「ひっつき虫」を白布につけないかが非常に重要ですので、私はこうした植物の生えていない薄暗い林内で採集するようにしています。
採集の後は、白布に付着したゴミなどを取り除きます。「ひっつき虫」が多く付着している場合は、ガムテープを使うと早く取り除くことができます。それから、白布をビニール袋などに入れて持ち帰り、干して乾燥させます。こうすることで、万が一取り残したマダニが付着していたとしても、乾燥により殺すことができます。白布が汚れると付着したマダニを見つけにくくなるため、汚れが目立つようになったら洗濯・漂白すると良いでしょう。
十数年前、私は愛媛県でマダニ研究者の集いに参加し、皆さんが上記の方法でマダニを採集しているのを初めて見た時は「なんて簡単にマダニ採集ができるんだろう!」と衝撃を受けました。早速、松山市の商店街で白ネル布を測り売りしてもらい、それを適切な長さに切り分け、妻にミシンで縫ってもらって数枚の調査用白布をこしらえました。それからは、マダニの採集効率が飛躍的に上がったため、調査も面白いように進みました。
このようにフランネル法は非常に便利で効果的なマダニの採集法ですので、世界中で広く用いられています。しかし、フランネル法がすべてのマダニ種に有効なわけではなく、普通種であるにもかかわらずフランネル法ではまず採れないマダニ(例えば、カモシカマダニの全発育期、ヒゲナガチマダニやヤマトマダニの幼若期)も存在します。ですので、ある地域のマダニ相を調査する場合には、フランネル法だけでは不十分だといえます。フランネル法以外のマダニ採集法については、また別の機会に説明したいと思います。