害虫の化学的防除
(一財)日本環境衛生センター 客員研究員 新庄五朗
私と殺虫剤開発-その2 ペルメトリンのゴキブリフィールド試験立ち会い
次に私が出会った殺虫成分は、ペルメトリンでした。ペルメトリンとの思い出はいろいろあります。最初に思い出すのは、ペルメトリンのゴキブリに対するフィールド試験です。ペルメトリンの実効果を観察するために、JR大阪駅近傍の梅田食堂地下街でULV*1噴霧試験が計画されていました。阪急梅田駅から地下鉄堺筋東梅田駅をつないだ地下通路は、様々な飲食店が両側に並んでおり、現在も変わりない食堂街として残っています。幸運にもイカリ消毒さんのご協力を得て、その試験に立ち会うことができました。これが、最初のピレスロイド剤のゴキブリ向け空間噴霧試験でもあったと記憶しています。
この経験は私にとって大きな財産になったと思います。試験はペルメトリンULV剤を主に天井の空間に散布されたものですが、散布後数分で環境は一変し、ゴキブリなどいないのではと思われていたにも関わらず、隠れていたゴキブリが降ってきたかのように飛び出してきたかと思うと、ノックダウンし始めました。そして、通路のスペースが足の踏み場のないほどノックダウンしたゴキブリであっという間にいっぱいになりました。飲食店の中も同様で、床や流しの底が見えないほどに瞬くうちにノックダウンしたゴキブリで一杯になりました。食堂街の地下通路は通行を禁止してなかったので、多くに人が通行していましたが、天井から落ちてくるゴキブリに驚きながらも体に触れることがないよう、うまく避けながら、また、一方では、ノックダウンしたゴキブリを踏むこともなく足早に現場から離れて行かれるのもびっくりでした。このようなゴキブリがひそみ場所から飛び出してくるという現象は、従来使用されてきた有機塩素剤や有機リン剤では見られない現象でした。
飛び出してきたゴキブリは、トビイロゴキブリ(写真1)、ワモンゴキブリ(写真2)、クロゴキブリ、そしてチャバネゴキブリでした。最も多かったのはトビイロゴキブリでした。試験後に回収されたゴキブリの数は、残念ながら聞いてなかったので分かりませんが、18L容のバケツに、おそらく20杯は下らないと思われます。そして、ゴキブリを回収した後の飲食店や通路は、不思議と清潔感が漂い、空気が清浄になった感がしたことを思い出します。
梅田地下飲食店街で当時優先種であったトビイロゴキブリ(北アメリカでは普通種)は、現在では生息はほとんど見られないと聞きます。当時トビイロゴキブリが梅田地区で多く生息していたのは、1970年3月から9月に開催された大阪万博への種々の物品の諸外国からの搬入に伴って、トビイロゴキブリが大阪に移入し、一時的に増殖したためと推測されています。現在はワモンゴキブリの天下になっているようです。
この散布試験によってもう一つ面白い話があります。大型ゴキブリ(Periplaneta族のゴキブリを示す。)は生魚など動物性の生(ナマ)ものが好きだが、チャバネゴキブリはスパゲティやピザなどの洋食を好むことが分かりました。即ち、生魚を用いる立ち飲みや居酒屋は、大型ゴキブリが闊歩し、喫茶店やグリルではチャバネゴキブリが優先種であることが分かりました。
このようにして、ゴキブリの隠れ場所にペルメトリンを噴霧するとゴキブリ類は興奮し、隠れ場所から飛び出てくることが分かり、この作用をflushing-out effectフラッシング・アウト効果(追い出し効果)と呼びました。これは蛇口をひねると水がほとばしり出ることを英語でflushフラッシュということがその由来です。
ゴキブリの飲食店などでの防除方法は、それまで有機塩素剤や有機リン剤をゴキブリの徘徊するところに残留処理する防除方法が主な防除方法でした。残留処理面をゴキブリが徘徊しないと効果は期待できないばかりか、致死量をゴキブリに取り込ませなくてはなりませんが、相手任せの、どちらかというと受動的な防除法とみなせます。ペルメトリンULV剤の空間噴霧によって、ゴキブリを潜み場所からフラッシュ・アウトさせることが分かりましたので、有機リン剤の残留処理後ペルメトリンを空間噴霧させることで、残留面にゴキブリをより能動的に接触させることが可能となり、防除効果を上げることができると考えられ、ゴキブリ防除法は、ペルメトリンの空間噴霧と有機リン剤の残留処理の併用の時代へ進みことになったと考えます。
このフィールド試験から、ペルメトリンによるフラッシング・アウト効果が、ペルメトリン特有のものか、或いはピレスロド系殺虫剤の特有な作用であるのか、という疑問です。この疑問に対して、ゴキブリのフラッシング・アウト室内試験法を構築いたしました。次回該試験法について紹介したいと思います。 (つづく)
*1 ULV(Ultra Low Volume):高濃度少量散布の略。有効成分の濃い薬液を、虫の体に着きやすい15ミクロン程度の大きさの粒にして、空気中に少量を噴霧する方法。